1985年の12月23日。
アメリカネバダ州リノでのこと。
当時18歳のレイ・ベルクナップと20歳のジェームス・ダンスは、ビールを飲みマリファナを吸いながら、イングランド出身のヘヴィメタルバンド、ジューダス・プリースト (Judas Priest) の『ステンド・クラス (Stained Class)』というアルバムを聴いていた。
アルバムが三曲目の『ベター・バイ・ユー、ベター・ザン・ミー(Better By You, Better Than Me)』に入ったとき、2人は突然「やっちまえ、やっちまえ!(Just do it, Just do it!)」と叫び、ラジオや鏡、テレビなどを破壊。それから、ショットガンを持って教会へと向かった。
教会に着いたレイ・ベルクナップは顎の下にショットガンの銃口を当て、そのまま引き金を引いて自殺。その様子を見たジェームス・ダンスもまた同様の方法で引き金を引いたという。幸いバンスは死に至らなかったが、顎をなくすなど顔は崩れてしまった…
それから5年後。
彼らの両親は、ジューダス・プリーストとCBSレコードを相手取り、訴訟を起こす。
『ベター・バイ・ユー、ベター・ザン・ミー』には、息子たちが自殺前に叫んだのと同じ「やっちまえ!(Just do it!)」という言葉が逆回転で挿入されており、これが自殺教唆のサブリミナル効果となってショットガンを自分に向けぶっ放した、と主張したのだ。
裁判では「やっちまえ!」という言葉が、逆回転で曲の中に入っていることは認められた。しかし、それが制作者側によって意図的に入れられたという証拠が不十分であること、またサブリミナルメッセージが引き金をひいた原因であるという証拠が不十分であることから、二人の両親が敗訴する形で集結した。
このとき、事件の判事であったジェリー・カー・ホワイトヘッドは、こう語っている。
「提出された科学的研究からは、サブリミナル刺激が知覚されることはあっても、これほど重大な行動を引き起こすと示す証拠はない。サブリミナル刺激以外にも2人の自殺者の行動を説明できる要因がいくつかある」
つまりホワイトヘッド判事は明確に「サブリミナル効果の有効性はない」と言ったわけだが、この一連の報道、中でもブラウン管に映し出されたバンスのメチャクチャに崩れた顔は「サブリミナル効果は恐ろしいもの」という印象を人々に植えつけることになった…
黒魔術師が産んだバックワード・マスキング
ジューダス・プリーストが使った「特定のメッセージを逆回転させてレコードに書き込むことで、普通に再生した場合には意識されないメッセージを伝える」という手法は、バックワード・マスキングと呼ばれている。
今回はこのバックワード・マスキングとサブリミナル効果の関係について話を進めたいのだが、そのためにはこの黒魔術師の話をしないといけない。
19世紀末から今世紀にかけて活躍したアイレスター・クロウリー(Aleister Crowley)の話だ。
クロウリーは、魔術的秘密結社『黄金の夜明け団』の後継者に選出されながらも離反し、独自に『銀の星』という結社を作った人物で、ありとあらゆる邪悪な黒ミサや黒魔術を行なっていた。
多くの魔術書も書き残しているが、その中にこんな一節がある。
- もし悪魔の力を欲しければバックワードを聞け!
- その者にバックワードの書き方を学ばせよ!
- フォノグラフ、レコードを逆回転で聞かせよ!
- その者に逆さまに話すことを実践させよ!
- その者に逆さまに読むことを実践させよ!
そう、まさに、バックワード・マスキングのススメである。
ここでちょっと余談。
バックワード・マスキングされた音はサブリミナルな(聞こえない、あるいは意識できない)音ではなく、しっかりと聞こえて意識できているので、厳密にいえばサブリミナル効果とは呼べない。
しかしこのブログでは「意識されない」あるいは「意識的に理解されない」刺激も含めてサブリミナルと呼んでいるので、バックワード・マスキングもサブリミナル効果として話を進めていく。
クロウリーの話に戻ろう。
もしあなたが、先ほどアイレスター・クロウリーの名を目にしたときピンときたとしたら…
あなた、ビートルズのファンじゃないですか?
ロック・ミュージシャンたちは、クロウリーが残した魔術書の影響を受けて実践している者が多い。ジューダス・プリーストもその中の一組だが、もっとも熱心にやっていたのがビートルズだからだ。
ファンなら、1967年にリリースされた彼らの8枚目のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band)』のジャケットの裏表紙にクロウリーがいることはご存知だろう。
音楽のサブリミナル効果、バックワード・マスキング
ビートルズにはバックワード・マスキングを使った曲も非常に多いとされている。
有名なのは1968年にリリースされた10枚目、通称「ホワイトアルバム」と呼ばれている『ザ・ビートルズ(The Beatles)』に収録されている『レボルーション9(REVOLUTION 9)』だ。
この曲の中には「Number nine, Number nine…」と繰り返している部分があるが、これがバックワード・マスキングで、逆回転させると「Turn me on,dead man,turn me on,dead man…(私は死んでいく)」と聞こえ、当時、その頃広まっていたポール・マッカートニー死亡説の裏付けだと騒がれた。
*ポール・マッカートニー死亡説=ポール・マッカートニーは1966年に死亡しており、ひそかにそっくりさんと入れ替わっているという都市伝説
他のバンドのバックワード・マスキングも少し紹介しよう。
レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)
『天国への階段(Stairway to Heaven)』
And she’s buying a stairway to heaven.
(そして彼女は天国への階段を買う。)↓逆再生
Play backward. Hear words sung.
(逆再生するんだ。歌詞に耳を傾けろ。)
If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now,
(もし君の家の生垣がざわめいても驚いてはいけない)It’s just a spring clean for May queen.
(それは五月祭の女王を迎えるための春の大掃除なのだから)Yes, there are two paths you can go by, but in the long run N’ there’s still time to change the road you’re on.
(そう、君が行く道は二つあるけど、結局、今君がいる道を変える時はまだあるのさ)↓逆再生。
So here’s to my sweet Satan!
(おお、私の愛しい悪魔に乾杯!)The one whose little path would make me sad, whose power is Satan.
(その存在の小道は私を落胆させる――その力は悪魔)He will give those with him 666.
(彼は人々に666をもたらす)There was a little tool shed where he made us suffer, sad Satan.
(小さな道具小屋があって、そこで彼は我々を苦しめた、哀れな悪魔)
あと2つは
探す楽しみを残すために
逆回転させた言葉だけを書き記す。
イーグルス(Eagles)
『ホテルカリフォルニア (Hotel California)』
“Satan had help, Satan organized his own religion”
(サタンには救いがあった。サタンは自分自身の宗教を創立した)
クイーン(Queen)
『地獄の道づれ(Another One Bites the Dust)』
“It’s fun to smoke Marihuana”
(マリファナをするのは楽しいよ)
と。
長々書いてきたが、
では、バックワード・マスキングにはサブリミナル効果があるのか?
ある!
と言いたいところだが、これは残念ながら、ない。
ジューダス・プリースト裁判で明らかになったように、もしバックワード・マスキングにはサブリミナル効果があるのなら、他にも自殺者やなんらかの事件が起こっても不思議ではないがそういうことはまったくないし、他のバンドのバックワード・マスキングについても、それを聞いたからといって特別な行動を起こしたという事例は上がっていない。
つまり、バックワード・マスキングは「無意識に介入して、こちらの望む行動を仕向ける」というサブリミナル効果はない、ということだ。
「サブリミナル効果とSEXと映画」で登場したキイ教授は「メディア・セックス」の中で、ビートルズはバックワード・マスキングを使って自らの噂を広めることでレコードの売上を伸ばしたと言っているが(そしてそれはほぼ事実だろうが)、個人的にはそれじゃ味気ないなと思っている。
黒魔術からバックワード・マスキングの流れの怪しさの方が圧倒的に面白い。
僕は目に見えないものを信じる性質だからさ。
てか、ストリーミング主流のいま「レコードを逆回転させて」なんて…ロマンじゃんね。
illustration たかみまさひろ