サブリミナルの力

この時代のはじまりに、物語のおわり、を

あなたは、小説、って読むだろうか?

僕は「物語」が好きで、というか「物語を生きたい」と思っている部分が身体の80%以上を占めているから、小説は読む方である。いまでこそ月に2〜3冊しか読めないが、時間が許すなら毎日小説を読んでいたいくらいだ。

この頃は、このブログやYouTubeをはじめとして活動量を増やしている関係で「小説」に割く時間が激減して寂しい限りなのだが、思うところあり無理矢理時間をつくって久しぶりに小説を読んだ。

湊かなえの「物語のおわり」。
今年の1月に朝日新聞出版社からでた短編8編からなる連作小説だ。

 

 

湊かなえといえば、デビュー作にして大ヒットとなった「告白」のおかげでイヤミス(読むとイヤーな気持ちになるミステリー)の書き手として名高く、イヤミス愛好家の僕としてはほぼすべてを読ませてもらっている作家であるが、この「物語のおわり」には驚いた。

 

爽やかなのだ。

 

泣ける、と書いてもいい。

 

人が惨殺されるとか溶けるとか、人外の生物がでてくるとか、意味の分からない気持ち悪いシーンがひたすら続くとか、そういう映画以外は見ない

と公言してはばからない僕が、まさか「爽やかな」小説に心を動かされるとは…と一番驚いたのはまさに僕自身であるのだが、心を動かされたポイントはこの小説のタイトルにもある「物語」が生きていたからだ。

 

Amazonの内容紹介を転載する。

内容紹介

妊娠三ヶ月で癌が発覚した智子、
父親の死を機にプロカメラマンになる夢をあきらめようとする拓真、
志望した会社に内定が決まったが自信の持てない綾子、
娘のアメリカ行きを反対する水木、
仕事一筋に証券会社で働いてきたあかね……

人生の岐路に立ったとき、彼らは北海道へひとり旅をする。
そんな旅の途中で手渡された紙の束、
それは「空の彼方」という結末の書かれていない小説だった。
果たして本当の結末とは――。
あなたの「今」を動かす、力強い物語。

 

「小説トリッパー」に連載されていただけあって、北海道を舞台に旅情を感じる仕上がりにはなっているが、全編の軸は「物語のバトン」。第一章に登場する「結末のかかれていない短編小説」が、章を改めるたびに、前の章の主人公からその章の主人公に手渡されていく構成だ。

「結末のかかれていない短編小説」には「夢を追うのか否か(大切な人たちを傷つけると分かっていても)」というテーマが書かれていることから「物語のバトン」は、夢を追う人、諦める人、夢を手助けする人、妨害する人など様々な結末の中に受け渡されていく。そして最終章、あちこちにちりばめられた伏線が回収されていくのであるが、そこは読んでのおたのしみとして…

 

もうこれからは「物語」だ

少しビジネスの話を書かせて欲しい。ここでビジネス的なことを書くのは興を殺ぐと分かっているが、それでもこれだけはつけ加えさせて欲しい。

もうこれからは「物語」だ、と。

いや、イソップ寓話が登場した紀元前6世紀からずっと変わらず「物語」なのであるが、これからは余計に「物語」になる。

 

営業や接客などセールスの場面においてである。

上司が部下に指導をする場面においてである。

双方の意見が対立しているハードな交渉においてである。

 

ネット社会になり、SNSの毎日になって、僕らは「議論」する機会を失った。僕が若かったときはほんの小さなことも「議論」になった。そこで僕は僕の意見を主張し、相手からの反論を受けた。

ところがいま主張の多くはSNSのタイムラインに流れるものになった。そこでは余程のことがない限り反論を受けない。そして反論を浴びる体験が減っていることが、自分と意見を異にするものに対しての過剰なまでの敏感さを醸成した。反論に、乙女のように敏感になってしまったのだ。

こうした場面で「説得」しようとするとブーメラン効果が働いて、望まぬ結果を招いてしまいがちだ。だから「物語」なのだ。ステルスのようにサブリミナルに潜り込み、相手の無意識下の抵抗をすり抜ける「物語」を使うことことが大事なのだ。

*ブーメラン効果=相手を説得するつもりが、かえって相手の強い抵抗や反発を招いたり、逆効果に働いてしまう現象のこと。

 

じゃあ「物語」を上手く使うためにはどうしたらいいか?

答えは星の数ほどあるだろう。そのどれもが間違っていないと思う。「物語」はひ人それぞれだからだ。けれどこれだけは確実に言える。

「物語」に触れよう。

物語を知らない人に物語は生み出せない。物語で心を揺らしたことのない人が物語で誰かの心を揺らすことはできない。だから。物語に触れよう。虚構の物語でもいい、他人の物語でもいい、文字でもいい、音でもいい。たくさんの良質な物語に触れて欲しい。そして、自分の心が動くことを感じて欲しい。

 

物語はあなたの心が動いたところからしか、生まれないのだから。

 

「心理的リアクタンス」と「物語」の関係を語ってみた。
今日の話を強化する内容なので、ぜひ。

 

illustration たかみまさひろ

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