雑記(あるいは語りたい話)

「それでは、お勉強の開始なのです」

illustration 桜もよん

『相手に響く伝え方
人生を変える心理スキル99』

というタイトルのこの本

表紙を飾っている少女は
一体何者なのか?

というか
そもそもなぜ
心理スキル本に美少女キャラが
登場しているのか?

その答えは
2ページから始まる
プロローグをお読みいただくとわかるのだが…

手元に本のない方に
このようなことを告げても詮無きこと

 

ということは
方法はひとつしかない

以下
プロローグを全文転載するので
なぜ美少女キャラが登場しているのか
その意味を知って欲しい

 

 

 

 

Prologue

「はぁ〜、なんだかなぁ」

車内いっぱいのアルコール香にむせながら、僕、岸正龍は小さな声で呟いた。

ききー、ぷしゅー。発車メロディ、警笛。
最寄りのホームに吐き出されていく人、ひと、ヒト。
埋もれた僕も、とぼとぼ重たい足取りのまんまで家路をたどる。

 

コピーライターとして広告制作会社に就職して半年。夢に燃えつつ入社したのに、日を重ねるごと辛さがつのり、気付けばため息ばかりの近ごろでもある。

すべては上司の橋本さんのせいだ。入社以来ずうっと真面目にやってきたのに、橋本さんは少しも僕を認めやしない。まったくのゼロ。完全に、何もなし。

どうせ社長だって僕のことをどうでもいいと見捨てているに違いない。「君には大いに期待している!」って入社の激励、さっぱりはっきり大ウソだよ。僕は完全に騙されたんだ……。

もたつく足がマンションに着く。
エレベーターのボタンをのろのろと押し、部屋のある6階へ向かう。

僕には才能がある、はずだった。

大学時代にはネットで活躍したつもり。タウン情報を綴るブログは月間10万PVを叩いたし、キュレーションサイトにギャラ付きの記事を書いたこともあった。どちらも「面白い!」という多くの称賛を集めたものだ。

だから僕はコピーライターという職業を選んだんだ。

前途洋々。晴れわたるビジョン。僕の書くコピーは多くの人の心に刺さり、気持ちを揺さぶり、彼らの行動を駆り立てるだろう。僕は平然とたくさんの賞を獲得し、成功者として頂点に立つ。月への旅行は、同伴者しだいってとこかな。

 

なんて。当然みたいに思ってたのに。

 

どうして、会社で認めてくれないんだろう。

 

橋本さんも社長も、僕の才能をスルーなんだ。与えられる仕事といえば、ネットを使った下調べや資料整理ばかり。ずーっとそれの、繰り返し。楽しめるわけがないじゃないか。いつしか僕は笑顔を消した。口数も減った。社内で浮いている自覚すら、ある。

「もう、辞めるかぁ」

それが口癖になっていた。僕の価値や才能を適正に認められるような、”見る目”のある会社は、広い世界のどこかに絶対、あるんだって!

ぐるぐる悩んで部屋のカギを刺した。
瞬間、ザワッと胸騒ぎがした。

警告。アラート。
「気をつけろ、何か変だぞ」と、誰かが僕の中で叫ぶ。

 

おそるおそるドアノブに手をかける。

 

……開いてる。
カギが、開いてる。

 

つまり、
見知らぬ誰かが、中にいる。

冷や汗がぼん、と噴き出した。
反射的にスマホを抜いた。

 

と、

突然、目の前でドアが開いた。

 

おかえりなさい、正龍さん。警察に行く必要などナシですよ。だって私は、あなたを救いに来たのですからね

 

――え? ウソ?

 

びびった。混乱した。一応言っとくけど、ここって20代の、男ひとりのワンルームだよ? ドア開けた向こうに「金髪ふわふわのコスプレ少女」が立ってる、って。ええっ、何がどうなってるんだ、てゆっか、誰? てゆっか、この子、どうやって部屋の中に入ったんだ?

 

さぁ早く入るです。さっそく勉強を始めるですよ

 

うろたえつづける僕に向かって、ひまわりみたいな少女の笑顔。

 

ええええ、誰? 勉強って、なに?

 

僕の狼狽はエスカレート。立ちすくんだし、声はもちろん裏返る。と、足元に影。ちょこんと少女が近寄っていた。しかしながら! 「とにかく入るですよ~」と腕を引いてきた少女の力は、大男並に強かった。

見下ろしてみれば、やわな金髪がふわんと広がる。髪の毛の横からにょきっと伸びた、華奢な細腕に引きずられていく大人の僕。おっとっとと声が漏れ、コントみたいに部屋の中へと吸い込まれた。

 

 

10畳ぽっちのワンルーム。簡素なベッドと机、クローゼットと本棚が置かれただけの殺風景。僕は、ベッドの端に腰かけた。慣れ親しんだ部屋のなか、異物のように微笑んでいる正体不明な少女の姿が、「油断をするな」と緊張を強く。けれども。

 

緊張は無用ですよ? 緊張やストレスは大脳皮質前頭前野に影響を及ぼして、高度な精神機能を奪ってしまうです。大きく深呼吸してリラックスをするです

 

見透かすような少女の声。思わず僕はカッとなった。
はあ、なんだよそれは。勝手に部屋に入りこんどいて上から目線? 何様だよ?

 

いやいやいやいや、この状況でリラックスなんてできるわけないよ。カギをかけてた自分の部屋に、見ず知らずの人間だよ? これ、不法侵入っていう立派な犯罪だろ

 

突然現れた美少女に自分の狼狽を覚られないよう、できる限りの毅然を保って言ってみた。
 

違うです!!!

 

ぴしゃん。いきなりの否定ゼリフ。
血が上った。

 

違うって、何がだよ!

 

険しい声がドンと出た。
けれども、少女はまったく動じない。

 

あなたはいま『見ず知らずの人間がいる』いると言いました。それが『違う』と言う意味です

 

少女の瞳が僕をまっすぐ見つめる。
そして、ゆっくりとした口調で語りかける。

 

よきですか。私は人間ではないのです。人型人造生命体――、別名『アンドロイド』と呼ばれる、――そう。機械です

 

機械? ……アンドロイド?

 

えすえふのせかい。

ポカンと口が開いちゃうじゃないか。

 

イエスです。私はテレポーテーションを可能とする最新型アンドロイド。空間移動に際する物理的な制限を持ちません。堅牢な建造物やカギといった物理障壁は無効であり、いかなる場所にも存在することができるのです

 

幼い見た目で、冷静沈着。
シャクにさわる。
次第に僕は、言葉が汚くなっていった。

 

……何しに来たんだよ

 

私はとあるオーダーにもとづき、あなたに『人の心の動かし方』を教えるためにやってきました。以上があなたの質問に対する回答です。ほかに疑問は?

 

――バカにするな!
それまでは相手が少女だからと声を荒げないようしてきたが、その我慢が一気に崩れた。

 

『疑問』だって? あるよ。ある。てか、むしろ疑問しかないってば! なんだよ笑わせんなよ、あんたはつまり、機械なんだろ? その機械が? 人間の? 僕に? 『人の心の動かし方』を教える、って? バカにするな!!!

 

と、大きな声を出したのは心が揺れているからですね

 

よどみない応答。
僕のこめかみは激怒にひきつる。

 

続けるです。あなたは、機械なんかが自分以上に『人の心』を知るわけがない、とプライドのなかに閉じこもる一方、『もう機械でもなんでもいいから、自分を救う存在にすがらせてくれ』という、引き裂かれた想いをまた、持っている

 

引き裂かれた、想い……

 

矛盾、と言い換えてもいいでしょう。あなたはそのマイナス感情を恥じたせいで、大きな声を出してしまった。補足しますとその大声は、アンドロイドにぶつけたわけでもないのです。『認められたいのに、認めてもらえない』あなた自身に向けられた、怒りと混乱の声なのです

 

それは……

 

図星だった。

すがれるものなら藁でも良かった。ホンネを言えば、今の会社を辞めたくない。望んで入った会社だった。これからやりたい仕事ができるかもしれない。

 

はっきり言うです。あなたはコミュニケーション能力が低いのです。だからあなたは認められにくいのです。あなたは『人の心』を理解していないのです。だからあなたはダメなんです

 

ズタボロだ。でもなぜだろう。図星の嵐が素直に響いてすとんと沁みた。ぼんやり気付いていたことだから。僕は『人の心』を理解できていないんだろう。だから僕は、ダメなんだろう――。

悔しかった。けれども、少女に聞いてみたくなったんだ。

 

もしも。……もしもだよ。僕は君から『人の心』というものを学んだら、他人から認めてもらえるんだろうか? 仕事が楽しく、なるんだろうか?

 

もしもそうなら。

 

――学びたい。

 

間があった。少女がうなずいた。

 

イエスです。約束するです。私から学べるのなら、あなたのコミュニケーション能力は上昇するです。他者から認められるです

 

それならば、と思った。気が変わられたら困る、と思った。

 

よしわかった。教えてください。よろしくお願いします

 

僕は少女に頭を下げた。

それでは、お勉強の開始なのです

 

にっこり笑った少女から、小さな右手を差し出された。僕はそいつをきゅっと握った。
われながらイケメン仕草だと思ったのに。

 

あなたの右手、過度に湿っています

 

ばっさり。

 

……君、名前なんだっけ?

 

話題を変えた。

私に固有名称はありません。好きに呼んでくれて構わないです

 

じゃあ、アンドロイドだから……ロイでどう?

 

ありていに言って短絡きわまりない発想および帰着ですが、承諾します。ぱんぱかぱん。この瞬間からあなたの前にいる私は、ロイと呼ばれる存在になったです

 

ぱんぱかぱん、という平たい発音が、ちょっとツボった。

 

えへへ、ようやく自然な笑顔なのですね。ぱんぱかぱんです、正龍さん。それでは一緒に、『人の心』の動かし方を、勉強しましょう

 

――こんなふうにして、僕は。

いきなり部屋に現れたアンドロイドから。
『人の心の動かし方』を、学ぶことになったんだ。

 

 

illustration 桜もよん / 編集協力 森田幸江

 


 

以上のような経緯で
ロイは正龍に心理スキルを教えることになったのだ

このロイと正龍の会話は
各章のアタマとオワリに入っていて
いわゆる「ヒーローズジャーニー」になっている

実はこの部分には
かなりの時間をかけてたので
ぜひ飛ばさすに読んで欲しい

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