心理スキルを日常生活に使うべく日々研鑽を重ねる博士と助手の元に、今日も一通のお便りが届いたようだ……
博士は、負けるわけない相手に負けたことありますか?
誰に向かって言っておる! わしの人生に勝利など一度もないわ!
……。え〜、それはさておき、こんなお便りが来ております
なんだ、こんな↑ことか。誰しも負けるときはある。エリートにだって、こういうことはあるじゃろ
その負けが、他人によって仕組まれたものでもですか?
ぬぬ、心理誘導か
はい、このお便りをお読みください
懺悔:その結果をコントロールしたのは私です
From もつ鍋大好き(45際 / 男性 / 会社員)
懺悔します。
人事部の課長に昇進してはじめての春、大学で心理学を学んでいた私は、悪戯心というと自己弁護になりそうですが、そのときの私の心情ではちょっとした出来心で、ある実験をやってしまいました。
うちの会社では、入って3年目の若手希望者に「20年後の会社を救うプロジェクト」という課題でプレゼンをさせます。例年10名前後の参加者がいるのですが、その年に挑戦してきたのはわずか2名。理由は簡単で、うち一人がその期トップのA君だったからです。
A君は一流大を出ていますし、営業成績もプレゼン能力も断トツ一位でしたから「彼が出るなら彼で決まり」というムードになっていたのです。そこに名乗りを上げたのが、その期では卒業大学も営業成績も下から数えた方が早いB君。「無謀なことを」と会社のほとんどが思ったと思います。
私はそのプレゼンの担当でしたので、大学時代に習ったピグマリオン効果とゴーレム効果を試してみたくなり、実際に試してしまいました。
B君には「君のプレゼン力は素晴らしい」「本当は力があることを知っている」などと褒めてやる気にさせ、A君には「同期で1位といっても全体では中間以下だ。調子に乗るな」「卒業大学など会社に入ってしまえばなんの役にも立たない。鼻にかけるな」と言って押さえつけました。
結果、プレゼンはB君の圧倒的な勝利。
そこからB君は営業成績もグンと伸び、優秀な社員に育ちました。負けたA君には気の毒なことをしましたが、幸いにも天狗の鼻を折られて素直になり、いちだんと成績を伸ばしてくれたので、ホッとしています。
いやはや罪なことをするのぉ
はい、一歩間違えると、二人の人生を変えてしまっていました
ピグマリオン効果とゴーレム効果は、それだけ強力というわけじゃ
ピグマリオンとゴーレム? なにやらとても強そうなその効果、ぜひ詳しく教えてください!
ピグマリオン効果は、人をコントロールするのか?
あなたは「君はできる!」と期待をかけられ、何だかできる気になっていくのを体験したことはありませんか?
これがピグマリオン効果、ひと言でいえば「期待を込めれば人は伸びる」という効果のことです。1960年代にアメリカの教育心理学者ローゼンタールにより提唱されたもので、別名「教師期待効果」とも呼ばれています。
なぜ「教師期待効果」と呼ばれるかというと、学校や塾やスポーツクラブなどで、指導者から「君はこんないいところがある。だから伸びるよ」と応援されると実際に成果が出るという事例に即しているから。
逆に教師や指導者が期待しないことによって成果が下がる効果は、ゴーレム効果と呼ばれています。
これはつまり、褒め続けたり、けなし続けたりすることで、人は簡単にコントロールできてしまうということ。ピグマリオン効果やゴーレム効果を使われるときは、どうぞ気をつけてください。
こんなに力のある効果だったのですね
うむ、だからこそ使い方には気をつけるべきじゃな
あの、博士…まさか、私がいまひとつ伸びないのは…
これ! 自分の不出来をわしのせいにするでない!
すいません。ひょっとして博士が私を操っているのかと
そんなヒマはないわい! わしは常に自分のことで忙しいんじゃ
(まさにその通り。博士は自分のことしか考えていないもんなぁ)
そんなつまらんことを考えておるから、いつまでも経っても伸びんのじゃ。ダメはダメなりに努力せい。ますはピグマリオン効果の実験例を調べてきたまえ
わかりました
昔はこんな非人道的な実験が許されていました
サンフランシスコの小学校で、ハーバード式突発性学習能力予測テストと名づけた普通の知能テストを行ない、学級担任には、今後数ヶ月の間に成績が伸びてくる学習者を割り出すための検査であると説明した。
しかし、実際のところ検査には何の意味もなく、実験施行者は、検査の結果と関係なく無作為に選ばれた児童の名簿を学級担任に見せて、この名簿に記載されている児童が、今後数ヶ月の間に成績が伸びる子供達だと伝えた。
その後、学級担任は、子供達の成績が向上するという期待を込めて、その子供達を見ていたが、確かに成績が向上していった。 成績が向上した原因としては、学級担任が子供達に対して、期待のこもった眼差しを向けたこと。さらに、子供達も期待されていることを意識するため、成績が向上していったと主張されている。
<「Rosenthal, R. & Jacobson, L.:”Pygmalion in the classroom”,Holt, Rinehart & Winston 1968」より>
ローゼンタールらによるもっとも有名な実験じゃな
なにごとも基礎が大切と思い、この例を挙げました
子供達は担任の言葉と態度から「自分たちのことをどう見ているのか」を敏感に感じ取り、やる気を変えてしまったというわけじゃ
現代では絶対にできない実験ですね
うむ、この実験の前にやったやつならできるじゃろうがの
え? そんな実験があるのですか?
基礎というなら、そこから調べんとダメじゃろ!
すいません。早速調べて報告します
もともとは、ローゼンタールが行ったネズミを用いた実験で、「このネズミは利口なネズミの系統」と学生に伝えたネズミと、「このネズミは動きが鈍いネズミの系統」と学生に伝えたネズミとの間で、迷路による実験結果の差を調べたところ、「利口なネズミ」と伝えられていたネズミの方が結果が良かったという実験に由来します。
このことからローゼンタールは、期待をこめて他者に対応することによって、期待をこめられた他者の能力が向上すると仮説をたて、学校における実験を行うに至りました。
<「ピグマリオン効果」gooヘルスケアより>
言いたくないが…
なんでしょう?
言われてからやることなど、ネズミでもできるぞ。だから君はダメなんじゃ!
……申し訳ありません
本当に君は何をやらせてもダメ! ダメ! ダメ助手じゃ!
……博士、さっきからゴーレム効果使ってますよね?
バレた?(笑)
真面目にやってください!
すまんすまん、君を見ているとついいじめたくなるのじゃ。気を取り直して、ではピグマリオン効果の使い方を説明しよう
(いや、気を取り直すのはこっちだって)
教育と子育てと職場と恋愛におけるピグマリオン効果
使い方でわかりやすいのは、やはり教育現場。予備校などでは、実に上手にピグマリオン効果を使っています。
日々勉強する教室に「絶対合格」とか「為せば成る」的なことを書いて貼ってあるのがまさに好例。毎日見ることでそれらの言葉が無意識に浸透し(無意識の力の方が意識の力より強いので)いつしか「自分はできるんだ」という自信になるわけです。
もちろん、ピグマリオン効果は子育てにも有効です。
「あなたはいい子」「すごいね、一人でできたね」と褒めることを中心に育てると、前向きな子、一生懸命やる子に育ちます。
逆に「あんたはダメな子だ」と言いながら育てると、ゴーレム効果が働いて、ネガティブで何事にもやる気がないひねくれた性格の子になりがちです。
<注> ピグマリオン効果が良い結果を生みだすからといって、期待が過度になるとプレッシャーで逆効果になることもあります。その子の性格やタイミングを見て行うことが必要です。
会社での人間関係でもまったく同じ。
上司から「お前はどうせダメだ」と言われ続け期待されなければ、部下は努力する気になりません。さらに言うなら、上司が年がら年中このような態度でいると、ゴーレム効果が効いてしまい、部下は完全にやる気をなくしてミスも多くなることでしょう。
当然といえば当然のことですね
うむ、おそらく誰もが自然と使っておることじゃろう
けれどこうして心理学的な裏付けを知るとさらに使えるようになる
素晴らしい! 助手君、君は素晴らしい理解力を持っておる! 素晴らしい!
……博士、ピグマリオン効果ですか、バレバレですよ
う〜ん、上手くいかんのぉ
私のコントロールはいいですから、自分で使うにはどうしたらいいか教えてください
自分で自分にピグマリオン効果を与えるには?
他人から期待されることで成果が上がるのがピグマリオン効果ですが、自分が作り出した環境や行動からピグマリオン効果を起こすことも可能です。
たとえば、いつもキチンと机の上を整理整頓すること。いつも気持ちよく仕事ができるのでヤル気が出ますし、そういう人には周りも期待をするので、期待に応えようと自然に努力し結果に結びつく善循環が起こります。
周りの人に気を使ったり、毎日を気持ちよく過ごそうしている人にも、同じピグマリオン効果が働くといえます。
つまり、整理整頓をしたり人に親切にするなどの良い行動することで、ピグマリオン効果が自らに働き、日常生活を良い方向に変えていくことができるというわけです。
逆に、汚い部屋に住んでいることに慣れてしまうと、「別に汚くても、誰にも相手にされてないから、いいや」といった開き直りのゴーレム効果が働き、他人のことなどどうでもいい、という非常に自分勝手な考えに陥りがちなので気をつけてください。
会社の中でも、いつも遅刻をしていたりいい加減な仕事をしていると、自分が自分に期待しなくなり「どうせ周りも期待しちゃいないし、一生懸命やったら損だ」と、ひねくれたバイアスがかかってしまいます。これもゴーレム効果の恐ろしいところと言えましょう。
恋愛においても同じ。
「自分はどうせダメだ」「きっと今度も無理だ」と思い続けていると、実る恋も実らなくなってしまいます。逆に「絶対うまくいく!」と思いながらやると、望んだ結果を手に入れる確率が高くなります。
人からの信頼や期待はすぐには変えられません。まずは自分のまわりの環境や行動を自らチェンジして、自分が変わることから始めましょう。
博士、私などが言ってはいけないかもしれませんが
わしは天才じゃから、汚い机でもいいのじゃ
そこではなく
わしは天才じゃから、人に親切にしなくてもいいのじゃ
いえ、そこでもなく
じゃあ、なんじゃ!
博士の自分を持ち上げる才能が素晴らしいと、博士以外にはできない素晴らしい才能で羨ましいと言いたかったのです! 本当に素晴らしい!
おお、助手君、そこがわかる君こそ晴らしい! 心から素晴らしい!
いえ、博士こそ素晴らしい!
いや、君こそ素晴らしい!
(以下、永遠に続く)
ピグマリオン効果のまとめ
- ピグマリオン効果とは、ひと言でいえば「期待を込めれば人は伸びる」効果のことである。
- ピグマリオン効果のまったく逆、「期待をしないことで成果が下がる」効果は、ゴーレム効果と呼ばれている。
- 人は環境や他人の言葉で左右される生き物である。これをうまく使ったのがピグマリオン効果やゴーレム効果である。
- ピグマリオン効果は、教育現場はもちろん、子育てや職場の人間関係や恋愛など、幅広い場面で効果的に使われている。
- 自分が進んで善行動をすることで、自らに働くピグマリオン効果を生み出し、日常生活を良い方向に変えていくことができる。
illustration MiyaZoe